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搁贰厂罢础搁罢本牧プロジェクト防灾班「わくわく防灾クエスト」レポート

ぼくらの住むまちに潜んでいる「危ない!」ポイントを见つけよう!

 

  • 日 时:2018(平成30)年12月28日(金)9:40~15:00
  • 场 所:中区本牧?横浜市立大鸟小学校
  • 主 催:搁贰厂罢础搁罢本牧プロジェクト 所属学生10名
  • 参加者:小学生约60名、地域の方々约10名

学生?小学生?地域の方々合计约80人で行った「防灾まちあるき」

 年の瀬も押し迫った2018年の12月28日、本牧にある大鸟小学校に、放课后キッズクラブの小学生约60人が集まりました。寒い日でしたが、みんな薄着で元気!
この日、横浜市立大学の「搁贰厂罢础搁罢本牧プロジェクト」の学生による、防灾まちあるきと地図作りのワークショップが开催されました。
 同プロジェクト防灾班の学生10名を中心に、ルート决めや事前のチェック、地図作りワークショップやお昼ごはんとなる防灾食の準备まで、10月ごろから企画に取り组み、特に大势の小学生が安全に楽しくまちあるきができるようにとの配虑から、4つ作ったルートのチェックを当日の朝にも再度行うなどの念の入れよう。放课后キッズクラブのスタッフや大鸟中学校コミュニティハウスのコーディネーター?大久保さん、本牧临海公园にある横浜市八圣殿郷土资料馆の馆长?相泽さんなど地域の方々からもアドバイスを受け、皆で话し合いながら準备を进めてきました。

大鸟小学校を中心とした4つのルートを提案

 この日午前中のプログラムである防灾まちあるきは、各ルートに防灾上の视点から注意すべきポイントが何か所か含まれており、それを子どもたちに探してもらいながら歩くというもの。各ルート约1时间の行程です。今回取り上げた地区は、元町からのバスルートである、ぐるりと湾曲した本牧通りの内侧。本牧地区の中でも非常に起伏が多く、道が入り组んでいる地域です。
 4つのコースはそれぞれ、黄色コースが大鸟小学校西侧の本牧満坂地区、赤コースは大鸟小学校から北に向かいガス山公园を回るコース、青コースは大鸟小学校北东のわりと区画整理されている地区。そして同行した橙コースは、大鸟小学校の东侧を回って本牧山顶公园の北侧から公园に入り、そのまま尾根伝いに公园内を西に歩いて、大鸟小学校の南に降りてくるコースでした。
 子どもたち5~6人に大学生と大人スタッフの2人がついて计16グループを作り、2グループずつ同じルートを歩くという内容で、いよいよ出発です!

起伏のある地形ならではの「危ない!」ポイントもたくさん!

 ルートはそれぞれ、子どもたちのいつもの生活エリア。ルート内に自宅がある子、途中で友达に会った子、「おじいちゃんの家だ!」と嬉しそうに话してくれた子など、微笑ましい场面に出合いながら、おしゃべりしながらのまちあるきです。
 防灾ポイントにつくと、学生から「さて、このあたりに危ないポイントがあるんだけど、みんなはわかるかな?」との质问。橙ルートひとつめのポイントでは、マンション1阶の空きスペースに廃材が山积みされていたり、狭い路地に古い电柱があったりといった「危ない!」ポイントがありました。
 顺番に回る中で「见通しの悪い路地」「崩れそうなブロック塀」「崖の中腹に建っている土砂崩れに巻き込まれそうな家」など、さまざまな「危ない!」ポイントがあり、子どもたちは「やばい!」「ここ怖い!!」などと口々につぶやきながら歩いていました。

「日本にあるアメリカ」と言われた本牧

 本牧のまちには、第二次世界大戦以降、少し复雑な歴史がありました。终戦の翌月1945年9月に本牧地区はアメリカに接収され、现在の本牧山顶公园から南の本牧通りの内侧にかけてのエリアと、本牧通り东侧のイオン本牧~本牧十二天周辺あたりにかけてのエリアに米军の住居が造られ、金网で囲われ、日本人は入ることができなくなりました。その面积は约70丑补にもおよび、1982年まで36年间、本牧は「日本にあるアメリカ」と言われ、独特な文化を形作ってきたのです。今回のまちあるきで取り上げた4つのルートは、接収地の北端に位置する山顶公园からその北侧にかけての地区で、1945年の横浜大空袭では大きな被害を受けた地域です。
 橙ルートでのぼった本牧山顶公园の眼下には、今は整备された市街地が広がっています。しかしそこは、戦后の復兴を目指して顽张っていた地元の人たちが、憧れや羡望をもって「フェンスの向こうのアメリカ」と呼んでいた日本人の入れない地域だったこと。1982年の返还后、1989年のバブル絶顶期から2011年までは、一世を风靡した「マイカル本牧」という华やかなショッピングセンターがあったことなど、スタッフの方と懐かしく、また郷愁に浸りながら语り合いました。子どもたちはそんなことはつゆ知らず、元気に駆け回っていましたが&丑别濒濒颈辫;。

避难所生活を想像しながらの防灾食ランチ

 まちあるきが终わって学校に戻ると、楽しいお昼の时间です。出発前に、各自好きなご饭を选んで水を入れておいた「防灾食」が、良い顷合いで水を吸って出来上がっていました。子どもたちは大はしゃぎで、高学年はあっという间に、低学年は时间をかけて、袋の中のご饭を小さなスプーンで、実际の避难所での食事のようにいただきました。
 学生とも楽しく交流しながら、「もし避难所生活になったら、このごはんが毎日食べられるの??」「ちょっと冷たい&丑别濒濒颈辫;。夏ならいいね」「今度はドライカレーにする!」など、思い思いの感想を述べながらのランチタイム。「もし避难所に行ったら、このごはんの食べ方をお父さんとお母さんに教えてあげる」と、頼もしい子も。いざという时のために経験しておくことは、とても大切なのだということを学びました。

子どもたちの视点でみつけた「危ない!」ポイント

 午后は、歩いたルートを振り返り、大きな地図に「危ない!」ポイントの写真を贴り、何がどのように危なかったのか、思い出しながら付笺に书いていくワークショップです。学生やスタッフの方々とおしゃべりしながら、楽しく次々と贴って书いていきます。空いたスペースには思い思いの絵を描いている子も。手が止まっている子には、学生がうまく问いかけ、引き出し、促しながらの作业です。
 地図が出来上がったあとは、チームごとに発表してもらいました。今日何をやって何を学んだのか、自分たちの住むこのまちを&濒诲辩耻辞;防灾&谤诲辩耻辞;という视点から见てみたらどんなことがわかったのか、さまざまな「危ない!」が挙げられました(表记は记入时のまま)。

「车いすの人やおとしよりの人がのぼるのにこまりそう」
「どしゃくずれになる。木がいっしょにくずれて、家がくずれて下じきになる」
「さかがきゅうだから、ひなんするときにこけそう」
「木がたおれたら危ないから、じしんがきたら近づかないようにしようと思った」
「かいだんをのぼっているときじしんがきたら、しぬ」
「きけん!ヤスデかムカデがいるからね」等々。
中にはこんな感想も(ちなみに、ゆうとくんは学生)。
「ゆうとくんのせつめいのしかたがおもしろくて、楽しくぼうさいクエストができました」
「がす山公园で、昔がすきょくがあったから名前がついたことにきずいた」

“防灾”をキーワードに、子どもたちから危険を発信できるまちに

 朝9时40分から15时までと长丁场のプログラムでしたが、子どもたちは皆、楽しく参加してくれました。企画した学生にとっても満足のいく结果が出せたのではないでしょうか?
 このワークを通して、子どもたちに日常の生活圏であるこのエリアにもたくさんの危険があることを认识してもらい、いざという时に子どもならではの记忆力や瞬発力で地域の方々に危険を伝え、率先して避难ができるような体験ができたのではないかと思います。子どもたちの素直な意见や感想に、高齢者をはじめ大人たちが耳を贷せるような、地域の连携につながっていくことを期待したいと思います。

ボランティア支援室コーディネーター 柳本

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